示談交渉について①

当職は、示談交渉による事件解決の経験が多いため、示談交渉について少しお話しします。

1 示談の成立しにくい紛争

 一般に示談交渉による解決のメリットは時間の短縮と調停、訴訟費用の低減、有利解決の可能性があります。また、一般的に示談交渉による解決が難しいのは、協議離婚、遺産分割協議など、家事関係の紛争です。理由は、紛争が弁護士のところに持ち込まれるまでに既に感情的対立になっており、相互不信が極に達していることが多いからです。

 このような示談の成立しにくい紛争の場合は、示談の見切りが非常に重要です。例えば、離婚を裁判所に求める際には、調停前置主義により、まずは離婚調停、調停で離婚が成立しない場合には離婚訴訟により解決を図ることになりますが、早くても1年、長くなれば4、5年かかることもあります。

 例えば、離婚事由があり、早期に離婚したいと考えている依頼者の場合、確かに協議で離婚が成立すれば早期解決に至りますが、協議による離婚が成立しないのに長期にわたり協議を重ねると、それだけで依頼者が精神的に疲弊し、体調を崩したり、精神的に不安定になったりすることもあります。

 金銭的請求の場合、こちらの求める額と相手方の提示額との間に大きな差があれば、示談の見切りは容易ですが、離婚などの身分関係については相手方の本音を覚知することが難しく、示談の見切りの判断は容易ではありません。

2 依頼者に対し、その立ち位置をきちんと伝える。

 示談交渉のスタートは、依頼者のお話を十分に聞きとり、リスク等も検討した上で、法的な観点から紛争の妥当な落としどころのイメージをつかみます。

 この点、弁護士が注意しないといけないのは、依頼者の話だけを聞いた段階では、目の前にいる弁護士を味方につけたいため、自己に不利な情報を伝えない傾向が一般的に認められることです。

 次の段階では、相手方、もしくは相手方の代理人から、紛争に関する情報、特に依頼者に不利な情報を聞き取ります。依頼者に不利な情報のうち、依頼者から聞き取れていない情報については、依頼者に確認を行います。

 その上で、依頼者の主張、主張を裏付ける証拠の存否、その価値、相手方の主張と主張を裏付ける証拠の存否、その価値を検証し、本紛争が調停や訴訟に持ち込まれた際にどのような結果になるかを想定します。

 次に大事なことは、依頼者に対し、現在、弁護士が把握している依頼者の立ち位置(有利な点、不利な点、訴訟に進んだ場合の結果の予測等)をきちんと伝えることです。

 この作業をいい加減にすると、後に依頼者説得が難しくなります。もちろん、結果の予測は、後に依頼者に有利・不利な証拠が出てくる場合などあり、必ずその通りになるとは限りませんが、少なくとも弁護士が現在把握している情報により立てた予測や根拠は、依頼者に正確に伝えないといけません。

 弁護士も依頼者との関係が悪化することは避けたいですから、依頼者の当初の意図より不利になっている場合には、その予測を伝えるのは勇気がいることです。しかし、ここをごまかすと示談による解決は難しくなることは間違いありません。

 大事なのは、当初の意図より不利になっている場合には、そのことを伝えるとともに、その理由も明確に説明し、納得してもらうことです。また、そういった作業を繰り返すことにより、依頼者と弁護士との信頼関係が醸成されていきます。

3 依頼者から結論について裁量を貰う。

 次に、相手方と具体的な交渉に入ります。

 この場合、依頼者からどこまでなら譲歩できるのか、ということを事前に確認するのですが、裁量の幅が大きいほど、示談による解決の可能性は高まります。というのは、示談交渉は「なまもの」です。相手方も結論が妥当かについて考え、その都度、揺れるのです。

 具体的な事例を想定してみましょう。

 例えば、依頼者が相手方に対し、1000万円の債権を有しているため、回収してもらいたい、という事案を想定します。

 弁護士が債権の存在を裏付ける証拠を確認したところ、500万円しか訴訟に耐えうる証拠がありません。

 そこで、弁護士は、証拠により固いのは500万円です、と依頼者に伝えます。その上で、早期解決のため、いくらまでなら減額可能ですか、と確認します。

 すると、①依頼者Aは、残りの500万円も口頭で約束したから、相手方は知ってるし、支払うはずだ、だから1000万円請求して欲しい、減額は200万円までで対応ください、とのことでした。他方、同じ事例において、②依頼者Bは、同じく1000万円請求してもらいたいですが、証拠により固いのは500万円でしたら訴訟費用も時間もかかるので、500万円の減額までなら我慢します、とのことでした。

 相手方と交渉したところ、600万円ならすぐにお支払いします、との回答を得ました。①の場合、持ち帰りになりますが、②の場合、和解が成立することになります。

 その後、相手方が交渉の時点では600万円払うつもりだったが、弁護士に相談したら、せいぜい500万円程度しか支払う必要はないと言われた、おまけに別途訴訟費用がかかるし、うちの財務状況も厳しいので、やっぱり300万円しか払わない、と態度を変えました。こういうことは交渉をしていればよくある話です。

 ①の場合になり、少しづつハードルを下げる交渉をする場合、当職の経験上、協議が行き詰まる可能性が高いです。弁護士は、和解を成立させるについては、裁量をできるだけ確保するよう、依頼者を正しく説得する必要があるのです。

 文責 弁護士 山田